オジサンの物忘れとワーキングメモリの話 ~サード八王子の支援のかたち~
こんにちは。東京都八王子市の障害者グループホーム「サード八王子」で世話人をしている里見です。
私はバブル世代、職場では最年長。長女と同い年の同僚が3人いて、ちょっとしたジェネレーションギャップを楽しみながら毎日働いています。
最近は“オジサンあるある”が増えてきました。
出勤前に妻から「牛乳お願いね」と言われ、仕事帰りにスーパーで固まる。
「…で、何を買いに来たんだっけ?」
冷蔵庫の前でも、つい口から出ます。
「……で、何を取りに来たんだっけ?」
はい。これ、ワーキングメモリ(作業記憶)の容量不足が原因のことが多いんです。サード八王子の利用者様の困り事とも、実は深く繋がっています。
ワーキングメモリって何?
一言でいうと
その場で一時的に情報を置き、使いながら考え・判断し・行動につなげるための“脳の作業台”です。
「机と本棚」のたとえで説明しますね。
- 新しい情報=本
- ワーキングメモリ=机(作業台)
- 長期記憶=本棚
新しい本(情報)は、まず机に広げて中身を確認します。必要な本は本棚へしまい、不要な本は片づける。この 「広げる → 選ぶ → しまう(または捨てる)」 を私たちは脳の中で秒単位で繰り返しています。
もう少しだけくわしく説明すると、
ワーキングメモリには、ざっくりと次の3つの仕事があります。
- 入れる:目や耳から入った新しい情報を机に“いったん置く”
- 保つ:短いあいだだけ落とさないように“支える”(数秒〜せいぜい数十秒)
- 使う/並べ替える:置いた情報を見比べたり、順番を入れ替えたり、要点だけ残したりして“考える”
使い終わった情報は自然に消えます。覚えておきたい情報は、本棚(長期記憶)へ移します。
人によって“机の広さ”が違う
- 同時に置ける量や置いておける時間には個人差があります。
- 自閉スペクトラム症(ASD)や知的障害のある方の中には、もともと机が小さめ(同時処理が少なめ)な傾向が見られます。
- 年齢・疲労・眠気・ストレス・騒音・マルチタスクでも机は簡単に狭くなります。
短期記憶・長期記憶とのちがい
- ワーキングメモリ:数秒〜1分程度/覚えながら考える“作業台”
- 短期記憶:数分〜数日/いったん置いておく“取り置き”
- 長期記憶:数週間〜一生/じっくり保管する“本棚”
ワーキングメモリをよく使う場面
- 作業の切り替え:掃除の最中に呼ばれて対応し、また掃除に戻る(“やりかけ”を机に残しておく力)。
- 想定外への対応:目の前の状況と過去の経験を並べ、素早く判断。
- 会話・やりとり:相手の発言を保持しながら、自分の返事を組み立てる。
「覚える」と「考える/動く」を同時に処理するので、ここでワーキングメモリが働きます。
できていない? それとも、そもそもできない?
支援の現場では、ついこう考えがちです。
- 「何回か練習すれば覚えてもらえるはず」
- 「繰り返せばできるようになるはず」
練習や経験は大切ですが、机の広さを超える設計だと、練習そのものが過負荷になり、ストレスや失敗体験を増やしてしまいます。
つまり、支援者が「練習すればできる」と見立てた内容が、当人にとっては「覚えておくこと自体が難しい」ために進まない——そんなことが起こりえます。
だからこそ、「できていない」ではなく「ワーキングメモリの特性で“今はできない”のかもしれない」という視点が必要です。
「ワーキングメモリに優しい仕組み」とは?
覚えていなくても行動できる環境をつくること。
脳の中(机)に情報をため込まず、外に見える形で置きます。
サード八王子では、TEACCHプログラムの構造化(スケジュール・視覚提示など)を取り入れています。
- 物理的構造化で場所を分かりやすく
- スケジュール(1日、週間)で時間を分かりやすく
- 視覚的構造化で手順やルールを分かりやすく
こうして頭の中に保持しなくても動けるようにすることで、ワーキングメモリの負担が下がり、できる力が自然に引き出されます。
歯磨き支援
では、具体的な例として歯磨き支援で説明します。
ワーキングメモリが小さいと、口頭指示だけでは
-
指示を短時間で保持しきれない
-
手順の途中で「次に何をするか」が抜ける
ことが起きやすくなります。
そこでサード八王子では、
-
歯磨きの手順を描いた絵カードを提示(視覚でいつでも確認できる)
-
口頭指示は短く、一つずつ、必要に応じて繰り返し
-
ルーティン化して毎回同じ流れで実行(“迷わず・同じ手順で・うまくいく”を積み重ねる)
絵カードを見て、視覚で思い出せるためワーキングメモリの負担が大幅に軽減し、落ち着いて自分のペースで取り組めます。結果として「自分でできる」が定着していきます。
見極めはチームで
情報をつなぐ。支援をつなぐ。
ワーキングメモリの困り事は目に見えにくいもの。一人の感覚に頼らず、複数の目で観察・共有・検討します。
サード八王子では、次のサイクルを回しています。
- 毎日の申し送りで利用者様のご様子や職員の気づき等を共有します。
- 月1回のケース会議(全職員参加)で「その人に合った支援」を検討・調整していきます。
- 6か月に1度、計画会議(サービス管理責任者・担当世話人、関係者等)を実施し、その内容をもとにサービス管理責任者が個別支援計画を作成します。
大切なのは、「できていない」ではなく「今の条件では“できない”」と気づけること。
情報量・提示の仕方・手順・環境を整えれば、できる姿が見えてきます。
おわりに──本人のせいにしない、仕組みで助ける
オジサンの私も、冷蔵庫の前で固まることがあります。
同じように、ASDのある方も「次に何をするか」が見えにくい場面で不安になります。
だからこそ、サード八王子では
構造化や視覚支援という“見える仕組み”を整えて、安心して動ける環境をこれからもつくっていきます。
次回も、日々の気づきをお届けします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
—— 里見(世話人)